旅日記

若き日の旅の思い出

那須に住む番外編

13.もう一つの「ロ―マの休日」物語

13.もう一つの「ロ―マの休日」物語

    水上バスに乗って、先程遊覧船で巡った大運河をもう一度走る。公共の足が水上輸送に限られているせいであろうが、客が多くて船内は混んでいる。バス停ならぬ船着場が頻繁にあって、客の乗降も激しい。それ程小さい船ではないが、乗降のたび、客の移動で船が傾く。

     十分ほどして鉄道のサンタルチア駅前の船着場に着いた。大きな石段を昇ったところにホ―ルがある。最近時々話題になる島の浸水騒ぎに備えて、予め海面よりも随分と高い所に造られているのだろう。比較的近代的な駅の構内で、客が少なくて閑散としているせいか、小奇麗である。 窓口でロ―マまでの切符を買った後、隣のキオスクで缶ビ―ルと雑誌を買込んで、高いタラップを踏んで列車に乗込んだ。出発までにまだ間があるせいもあろうが、客はほとんど乗っていない。これなら、日本の国鉄に劣らず鉄道の採算性は悪いだろうと一寸同情した。缶ビ―ルのふたをあけて、雑誌のページをめくっているうちに、出発となった。同室者はおろか、この車両にもほとんど客がいないのではなかろうか。列車はしばらく島と本土をつなぐ狭い土手の上を走る。車窓の景色は両側ともに海である。

     そのうち廊下の通路を一人の若い女の子が通り過ぎたと思う間も無く、逆に戻ってきて、僕のコンパ―トメントの前を通って、隣に入った。背格好からして日本人だなと思っているうちに、廊下に出てきたので、僕もドアから出て声を掛けた。行先を尋ねたら同じロ―マだと云うので、同じコンパ―トメントに誘った。 彼女はパリに住む友人を訪ねて北回りでやってきたとのこと、ユ―ロ・レイルのフリ―パスを持ってきたので、身の回りの物だけを持って、ヴェネチア、ロ―マの観光に出てきたという。学生時代最後のチャンスを利用してきたのだという。話を聞いていて一番驚いたことに、この列車の終着ロ―マ到着は夜遅いというのに、ホテルの予約はおろか心当りも一切ないというのである。悪戯心が起きて、ここぞとばかりに、この大の男がロ―マでどんな怖い目にあったか、一部始終を聞かせておどかした。一向に動じないことに更にびっくりした。僕自身は先日泊まったホテルを予約して、前払いがしてある。場所も駅の隣だし、いよいよなら交渉してやろうということにして、テルミニに降りた。

     ローマの鉄道駅の構内は昼間に比べると人通りが少なくなっている。彼女に 「あそこにホテルの案内板があるから一人で行ってごらん。」と勧めた。遠く離れて見ていると、 案内板に向かって歩く彼女の背後から男たちが寄っていく。と思う間もなく走って戻ってきた。 「しつこくて、しつこくて。参ったぁ。」 と開口一番彼女が報告する。心ではザマ―ミロとほくそ笑んで、彼女と連れ立ってホテルのフロントに向かった。幸いにして空室があった。
   
     荷物を置いて、フロントで教えて貰った深夜営業のレストランで腹ごしらえしての帰り道、面白い光景を目にした。夜目にも厚化粧のストリ―ト・ガ―ルが四、五人歩道に立っている。その前の車道に男たちを乗せた車が列をなす。車の列は前から一台ずつ順に彼女たちの前に止まって「交渉」する。商談はなかなかまとまらないようであったが、その様は日本の夜の盛り場のタクシ―乗り場を連想させて楽しかった。
 
    僕も翌日は飛行機を乗り継いでエジプトに帰るだけである。午前中はお土産を買うだけだから、名所をいくつか案内しようと約束して部屋に戻ったのは夜も遅かった。 次の朝、オ―ドリ―・ヘップバ―ンとグレゴリ―・ペック主演の「ロ―マの休日」にあやかって、「王女様」をスペイン広場に案内しようか、トレビノの泉にも連れて行こうと作戦を立てる。寝坊した彼女が、下のロビ―に降りてきたのは遅かったので、急いで外に出る。地下鉄に乗ってダウン・タウンに降り、街を歩き回る。スペイン広場位までは順調にいったが、後は先日一人で歩いた時と同様、曲がった道に惑わされてなかなか目的地に行き着かない。同行の彼女にいい所を見せようと気ばかり焦るが結局遠回りしている。 「あら、ここさっき通ったんじゃない。」 などと指摘されてバツの悪いこと。

トレビノの泉で

それでも一通り観光してブランチということになった。その間も 「あっ! キミジマ イチロウの店がロ―マにもある。」 とさすが当世のDCブランドで育っ た女の子である。食事を終えて店を出るときも、 すかさず店主に 「グラッチェ」 のひとこと。 「イタリア語をしゃべれるの?」 と尋ねたら、 「これだけよ」 という。全くいい度胸である。

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