旅日記

若き日の旅の思い出

那須に住む番外編

9. ビ―ルの都・ミュンヘンで

9. ビ―ルの都・ミュンヘンで

 チュ―リッヒの駅でミュンヘンまでの切符を買って列車に乗る。約五時間の旅である。夕方の出発のせいで、途中までは定期券の学生が乗り合わせたが、後はいつものように扉の中の六人掛の座席、他に誰もいない。こちらの鉄道も日本の国鉄と同様台所は苦しいと想像される。リクライニングシ―トを倒して、ゆっくりと車窓の景色を楽しんだ。列車は国際特急でスイスからオーストリア、ドイツと国境を二つ越える。昼間のせいもあり国境を越えるたび、入国審査官らしいのがパスポ―トを見に来たが、手続きはいずれも簡単。検印を押すどころか、オ―ストリア国境ではパスポ―トの赤い表紙を見ただけ。実質的なフリ―パスである。

田園をまたぐ きれいな虹の輪

 線路の回りは田園風景が広がる。日本の水田風景と少し違うが、緑の中に点々と農家の屋根が見える。どんな小さな駅でも、周辺に民家が立ち並ぶ所も日本と同じような気がする。欧米と比較しての日本のウサギ小屋論議、有名になって久しいが、車窓に流れる景色を見ている限り、これも彼我に差がないような気がする。田舎にだって鉄筋のアパ―トはある。緑を愛でてベランダには草花の鉢が並ぶ。平屋のこじんまりした家が続く。建物はさほど広いようにも見えない。庭のほとんどが芝生になっているところは、少し違う。庭一杯に植木を植える日本と違って庭が広々と見える。

 少し雨が降ったなと思ったら、そのうち夕日を受けて虹がさした。広い草原の上、視界を遮られない大きな弧の、きれいな虹だった。夕闇が迫り、夜の帳が下りて、しばらく後ミュンヘン駅の構内に列車は吸込まれた。

 この駅でユ―ゴスラビアに向かう列車に乗り換える。夜行のクシェットになる。切符売場の窓口に並んだが、当日売りは列車の車掌が切符を販売するとのこと。時刻表を見ると目当ての列車の入線時刻にはまだ間がある。それ幸いと駅構内のビア・ホ―ルに入る。何せ、ここは「ミュンヘン―札幌―ミルウォキ―」と有名な”ビ―ルの都“である。古い石造りの駅の、古い調度のビア・レストラン。椅子に座って、白い上っぱりのユニフォ―ムを着た太ったウェイトレスのおばさんを捕まえて、ビ―ルとソ―セ―ジのつまみを注文する。ビ―ルは通じたものの、ソ―セ―ジはどうしても通じない。あいにくとメニュ―はドイツ語だけである。しばらくやりとりしているうちに、右側のテ―ブルに座って一人ビ―ルをのんでいた僕と同年配の男と、左側のテ―ブルに年老いた両親と来ていた若い女の子が、両側から同時にやって来て、通訳をかってくれる。それだけ衆目を集めたのかと思うと照れ臭くもあったが、有難く親切を受けることにした。手振りで示して、ソ―セ―ジと言うと、男が
 「OK」
  と首を大きく振った。それからメニュ―を指差して、つけあわせが色々あると説明する。ソ―セ―ジ以外に食欲はなかったので
 「ベジタブル」
  と答えると、ウェ―トレスのおばさんに一言説明し、僕の礼の言葉を背に二人は鷹揚にそれぞれの席に戻っていった。少し緊張したので、ビ―ルはもう一杯おかわりしたが、味の方はどうも良く覚えていない。 外へ出たら、プラット・フォ―ムの端にミルク・スタンドならぬビ―ル・スタンドがある。さすがビ―ルの都だと感心してもう一杯立ち飲みした。

 余談であるが、西ドイツはなかなか開けた所である。キオスクにはダ―ティ・マガジンを売っているし、駅の構内にはポルノ映画館がある。ビア・ホ―ルの地下のトイレには鏡の脇に自動販売機があった。

 ホ―ムで列車の入線を待って、乗り込んだ。車内でカイゼル髭を生やした、その割に年の若そうな車掌に乗車を申込んだところ、
 「今夜は空いているから、好きなところで座っていろ。」
  という。発車したら切符を売るという。ホッとして席を捜す。これまで乗った車両に比べるといささか古いし、日本の寝台車のと同じような匂いがした。

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