旅日記

若き日の旅の思い出

那須に住む番外編

5. シナイ半島の突端まで(4)

5. シナイ半島の突端まで(4)

 

夕方バスの終点になっているツーリスト・オフィスの所で一人でブラブラしていた。カイロから着いたばかりのバスから降りた「ヒッピー」の一群の中から
 「ニホンノカタデスカ。ナツカシイデスネ。」
  と比較的流暢な日本語で声が掛かった。
「”チバ”ヲシッテイマスカ?」
 とか何とか話しているうちに若い彼とは話が弾み、彼等のグループと一緒にカフェテリアのテーブルを囲みビールを飲むことになった。
 「日本語思い出すの疲れたからやめますよ。」
  と断って自己紹介したのを要約すると。彼はメキシコ人で四年前世界旅行に出てきたとのこと。フィリッピンから日本に入って間もなく紹介する人があって 「アメリカ人」と偽って大手の英会話学校の千葉の教室の先生に就職したという。幕張に住んで約一年間日本に滞在した。
 「サッポロの雪祭りにも連れていって貰ったけど素晴らしかったな。」
   と自分自身も思い出にふける。
 その後ずうっと各地を転々としているのですよ。隣の彼女とは約一年前イスラエルのキブツで会った。それ以来一緒に旅を続けている。と真黒に日に焼けた大柄な愛敬のある女の子を紹介してくれる。向こうの彼等とも一年位一緒だな、といって彼等も紹介してくれた。ヨーロッパから来たというので
「どこへ行きました?」
  と聞いたら笑って、
「全部行きました。」
  という。
「最近は(ヒッピーは)どこでも余り歓迎 されないようでね。」
  といたずらっぽく付け加えた。
 夜は向こうの砂浜にテントを張って寝るという。二・三日したらバスでまたイスラエルへ行くという彼等とはそこで別れた。

 三日泊まって充分泳いだし、思い出も沢山できた。次の日、ヘルベルトと一緒にカイロ行き始発のバスの先頭に陣取り、乱暴運転に時々顔を見合わせながら「大都会」カイロに帰った。

(最近、シャム・エル・シェイクも しばしば マスコミの話題に載るようになった。中東外交の表舞台に立って、アラブの首長だけでなく、米国大統領が首脳会談のため、何度か訪問している。現在は相当立派に整備されているのだろう。)-2001.3.15追記

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