旅日記

若き日の旅の思い出

那須に住む番外編

2. カナダ生活事始め

2. カナダ生活事始め

  さて、説明が遅れたが、我々は今回日本からここカナダの内陸まで、炭鉱開発予定鉱区の地質調査にはるばるやって来た。このプロジェクトはカナダのロッキー山脈の麓に眠る良質な石炭を開発し、主として日本の製鉄会社向けにコークス用原料炭として輸出しようというものである。事業はカナダの大手ウラン鉱山会社デニソン社、我が三井鉱山、そして総合商社・東京貿易のジョイントベンチャーで行われ、二年前から本格的な地質調査が始まっている。小生は昨年入社した後、一年間国内の炭鉱を中心に実習し、今年晴れて、初めての外国、憧れの海外に本格的な地質調査のために出張してきた。

  この日の目的地ドーソン・クリークはブリティッシュ・コロンビア(BC)州にあるロッキー山脈東麓の田舎町。十数人の搭乗客と共に飛行機からタラップを降りる。滑走路をわたった向うの小さなターミナルビルにはそれぞれ出迎えの家族か、嬉しそうに手を振るのが見える。歩く道すがら回りを見渡すと、まぶしい光の透き通った青空がひろがる。滑走路の周囲には広大な緑の牧草畑が遠くまで伸び、肌に触れる空気がカラリとしてとても気持ちが良い。滑走路の向こうのカマボコ形の格納庫の前には年代ものの頑丈な単発機がのっそりと置いてある。(後で聞けば第二次大戦時の戦闘機グラマン某で退役後この地で農薬散布機としての第二の人生を送っているのだという)

 ここには既に、今回の調査隊のチーフ、ジョージこと、Kさんが日本から先に到着している。迎えの車で飛行場から宿となるモーテルに入って旅装を解いた後、一休み。午後からは第一回の仕事の打ち合わせである。我々日本からの調査隊四名を迎えて、デニソン社の地質責任者、ジョンソン氏、ゴードン氏の両名がカルガリーから来ている。通訳を兼ねる東京貿易バンクーバー駐在員事務所長Kさんも合流している。先ず現地に設営のため入っているジョーダン技師から、準備作業の進捗状況などの説明を受けることになっている。

初めてのカナダで(背景はロッキー山脈)

 宿のモーテルの一室、地図を囲んで始まった会議では、最初に雪解け状況が話題になる。時は既に六月上旬、日本でいえばそろそろ蒸暑くて鬱陶しい梅雨に入る季節である。しかしこの地は北緯五十五度、更に調査地域は標高二千メートルの高地にあって、雪解けは六月上ー中旬と遅い。

 我々の石炭の地質調査は地表調査が中心となる。岩肌を隠す雪が溶け去るのを遠い日本で待ち、今ようやく馳せ参じてきたのである。
 次にはベースキャンプの設置状況の報告。我々の調査対象地域は大袈裟に云えば人跡未踏の地。人里から離れた農場、牧場より更に奥に入ったところにある。造林・集材用の林道でさえ遥か手前で途切れている。我々の生活ベースは麓の集落から遠々数時間かけて未舗装道路を登り、道路の行き止まり近くに、沢から取水できる平地を求めて設営される。既にオフィス用、食堂、宿泊用トレーラーが運び込まれている。自家発電設備、沢の取水ポンプも順調に稼働しているという。
 次はボーリング予定地へアクセスする仮設道路の工事進捗状況。原生林の中、自然破壊に細心の注意を払い、重量物であるボーリング機材の搬入のために必要最小限の道路をつける。短い夏を効率的に使うために、道路も一部は雪解け前に完成しておかなければならない。
 地形図作成の為の航空写真の撮影について。人跡未踏の地である調査地域にも既成の地図はあるが、地質調査の為には精度が低すぎる。独自に詳細な地形図が必要となる。数年前に、英国規格のインチ・フィート表示の基本図を作ったが、カナダ全土におけるメートル法への移行を踏まえて、今年から1:2500の基本図を改めて作り直すのだそうである。

 このようにして、”大掛かりな作業”の打ち合わせが着々と進む。正直始めのころはスケールの大きさが実感できなかった。その後、段々目に見、実際に経験してくことになるこの一連の探査作業は、十年余を経た現在思い返しみてもそれはびっくりするほど規模の大きなものであった。

 会議を終えてしばらく休んだ後、ダウンタウンのチャイニーズレストランへ。この時、何台かの車に分乗して出発したが、途中で見知らぬ何人かが同乗してきた。明日我々がキャンプに入るために迎えにきたヘリコプター(通称チョッパー)のパイロットだという。後日談になるが、この時車に同乗したパイロットは、それから二ヶ月ほどたった頃、アラスカのパイプラインの工事現場で作業中、悪天候の中、墜落して殉職したことを聞かされた。ヘリについては後で詳しく書くつもりであるが、ヘリコプターは事故の確率が高い。合掌。

 その夜、旅の疲れもあってぐっすり眠ったつもりだが、時差惚けと北国の夏特有の早い夜明けもあって、次の朝の目覚めは早かった。朝食は連れ立って宿のモーテルから道を隔てて斜め向かいのドライブイン・レストランへ。その途中デニソン社のチーフジオロジスト、ジョンソン氏が「イチロー」という名前は呼びにくいという。何か良いニックネームはないかなと暫く考る。 「イニシァルが”I”だからな…」
 ニヤッと笑って、立派すぎる名前だがアメリカの元大統領アイゼンハワーの愛称「アイク」にしようという。こちらは何だか良く分からないうち、名前を付けられてしまった。それからこのプロジェクトの関係者の間では僕の名前はアイクで通るようになる。僕は今もこのニックネームを大変気にいっている。余談になるがこの僕のゴッドファザー、ジョンソン氏はその後大手石油会社の石炭部門のヘッドを経て、現在ブリティシュ・コロンビア州選出のカナダの国会議員をやっているという。

 午後ヘリでいよいよキャンプに入ることになっている。その前にダウンタウンに出て買い物ということになった。野外調査に必要な道具、装備の鍬、ハンマー、アノラック、リュックサックなど大方は、日本から持ってきた。野外作業用の靴は現地の方が良いものが買えるとの先輩のアドバイスもあって、こちらで調達することにしている。靴屋を探して入るが、カナダ規格では自分の足のサイズも分からない。足の大きさを専用の木の物差しで計って貰って、ようやく品定めに入る。確かに品数も豊富。特に冬にスキー場で履くようなスノーブーツを中心に沢山の種類がある。その中から表・裏二枚皮で、軽くてフィットする割りには防水の効果が大きそうな編上げ靴を選ぶ。もっともこのちょっと洒落たデザインの靴はご他聞に漏れず、本場イタリア製。先程のスノーブーツの類いも全てイタリア製、これは後でだんだんと実感していくことであるが、どうも洗練された加工品にはカナダ製は少ないようである。衣料品、工業製品など精巧な品物は、外国からの輸入品が多いようだ。
 昼食後、モーテルをチェックアウトして、飛行場からヘリに搭乗。ヘリは管制塔とやりとりの後、ゆっくり離陸する。牛の群れる牧草地の上空を暫く飛んだ後、緑の樹林地帯に入る。人の痕跡といえば、所々に細い黄色の林道が切り込まれているのみである。

 一時間程飛んで、キャンプのヘリポートに到着。ヘリポートといっても草地を踏みならしただけ。側に風向き確認のための吹き流しが一棹。その足元に燃料のドラム缶が山積みされている。
 大地に降りて向かう方向にはトレーラーハウスが何棟も並んでいる。取り敢えず居室となるその内の一台に案内され、荷物を運び入れる。今回の出張のために誂えた真新しい、まだ材料の匂いが残る大きなスーツケースを、上のベッドに運び上げる。脇のロッカー箪笥に荷物を一通り整理した後、着替えて、オフィストレーラーに集合。

 先ずオペレーター(合弁事業の実行責任者)であるデニソン社のオフィスへ挨拶する。ここは地質調査キャンプであるので、プロジェクト・ジオロジストという名の責任者が一切を取り仕切り、他に会計屋、アシスタントなどが同居する。このオフィスにはラジオ無線が備えられてあり、一方づつ話す片方向ながら電話との連絡も可能である。

 さて今度は我々のために用意されたオフィストレーラーに向かい、自分たちの作業環境の整備。ここはまだガランドウで、一方の窓際に細長い製図台が固定されているだけで、殺風景極まりない。これから数ヶ月間の生活の舞台である。先ず仕事がし易くなくてはならない。室内作業の大半は大きな図面での検討が中心となるので、大きな台の方が便利だが、これではあまりにも台が高過ぎる。備え付けの椅子では低くてバランスが悪いなどと、色々議論の末、最後は有り合わせの板木を組み合わせて、足の長い特製の椅子を作ってしまった。

 作業オフィスの整備が一段落した後、居室トレーラーに戻り一休み。これからキャンプでの長い調査生活が始まる。この後の生活あれこれについてはテーマ別に記してみたい。

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