若い頃には予期できないシニアになったときの「怠け病」

 この1、2年、個人的に何か前向きにやろうとする気持ちが起きない。
片付けなければいけないとわかっていることでさえ、手をつけるのが億劫である。
これは、シニア世代の「うつ病」の前兆かなと素人判断をするが、近くで見ている人間から、「そんなことないよ」と一笑に付されてしまう。
ネットで、自己診断のサイトを調べて、「うつ病」のチェック項目を確認してみるが、確かに思い当たる症状はほとんど無い。

それでも、かつては、雨天時を除いてほぼ毎朝、1日1時間弱、自転車のペダルをこいでいたが、いつのまにかやめてしまったし、歩いて3分ほどのフィットネスクラブに毎日通うが、利用するのはバスルームだけという現状。
間食はしない、3度の食事も殆ど最小限という量。しかし、お腹まわりは相撲取並に出てきて、親しい知り合いからは遠慮なく「腹出てきたね」の指摘が相次ぐ。
体力が落ちてくるのと同様に気力が衰えてきているのが現実だと思うが…。

先日、このサイトに書いたように、まだ普通に元気な頃DIYで作った自宅まわりの造作が経年変化で、メインテナンスの時期迎えている。
さて、どのように直そうかと、不具合のある場所を見上げて腕を組む。
実は、自分で考えて作ったもので、対策をどうするかは理解している。他方、他人事のように、「こんなもの良く作ったな、後で修繕することを考えなかったのかな?」という気持ちがある。

若くて元気一杯の頃、加齢した自分の変化を予期できなかった。
ある雑誌に、こんな文章が載っていた。
「・・・年とるって残酷ですよね。昔は若さが永遠に続くかのように思っていましたけれど、若さなんて一瞬」
(ビッグコミックオリジナル2018.4.20号-フルーツ宅配便)
自分の例で言えば、黒々とした髪の毛が将来変化することなど考えも及ばなかった。髪の毛が薄くなる、白髪になる。どちらかを含めて考えることもなかった。
老眼もショックだった。還暦過ぎまで、近眼、老眼ともになく、普段はめがね無しの生活を送ってきたが、数年前、突然、老眼の症状が入って来た。一番の障害は、スマートフォンの画面を裸眼で確認できないことである。
今後は、何時のときか耳が遠くなるのかなと半ば覚悟している。

現在、幸い、簡単な定期健診では大きな病気は無い。ある意味では、恵まれた身である。しかし前向きなやる気がでない、いわば「怠け病」が発症してしまったようだ。
毎日、夕方早い時刻から、少しずつ酒を飲み始め、まったりとした気分で、早く床に着く。幸せであると思う反面、少し物足りない自分を感じている(苦笑)。

あの日にかえりたい

ユーミンの名曲の名前にあやかって、自虐ブログを一つ。
その昔、自宅を新築してしばらく後に、庭先にウッドデッキ、フェンス、葡萄棚のパーゴラを自作した。
 (その時のブログ記事)
それから、15年近く、木製の造作はだんだんと傷み、一部は朽ちる寸前の段階である。
ペットの寿命と比較するのは不謹慎だが、犬13年、猫18年と通説言われている。
それと比べると、経年劣化だから仕方がないのかと思う。
 15年前は、こういうものを色々考えて設計し、工作するのが大好きであった。
今、修繕・リフォームするのは、当時と同じ資材を買って来て、入れ替えるだけであるから、頭は使わないし、材料代だけで出費は多くない。しかしその力仕事と、廃材を処理する手間を考えると、年をとった今、億劫どころが気が進まない。
 我が「あの日にかえりたい」というのは、あの日に戻って、リセットして人生をやり直したいというのでなく、工作したものができたばかりの時を、現在にもってこれたらどれほどいいかという切なる思いである。
ベランダ  

上空を飛ぶ飛行機

 これまで、何度か書いてきたことだが、この地域では上空を頻繁に、国内外のジェット機が飛んでいる。静かに気をつけているとかすかに爆音が遠い上空に聞こえる。気候によって湿度が高いと所謂白い「飛行機雲」が長い軌跡を描いて、青空の中、飛行機の移動経路が分かる。
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 かつて、晴天の午前中、出張で羽田から釧路へ向かう飛行機上で、途中気がついたら、自宅の直上を飛行していることにとてもびっくりした。その頃、まだ、グーグルアースも提供されていない。自宅を直接自分の目で確かめる貴重な機会である。慌てて、両サイドの窓を覗きこんでみたが、自宅近くを通るJR・新幹線が飛行機の真下にあり、確認できない。そのうち飛行機は更に北上し、自宅上空を通過してしまった。残念でならなかった。
 確かに、大田原市に航路標識があったため、羽田と北海道・東北をつなぐ定期便が頻繁に飛んでいる。数年前、航空無線の受信機があると、上空の飛行機の便名、経路がわかるというので、専用の特殊アンテナと共に購入し、解析ソフトを導入しパソコンのディスプレイにつないであたかも航空管制官になったつもりで悦にいっていた。

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さて、先日 スマホを買い換えることになり、ついでに、アプリを物色していたら、「フライトレーダー」というものがある。無料版でも。リアルタイムで地図上に飛んでいる航空機の位置情報が表示される。400円の有料版だと、操縦席からの航空写真画像がこれもリアルタイムの動画で見ることができるという。早速、ダウンロードしたのが下の画像。
Screenshot_20160924-142734上空の飛行状況
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隣町、大田原上空を飛行する航空機の操縦席から航空写真のシュミレーション

あまりにも、手軽に飛行機の位置情報と、上空から見える画像が確認できるのであっけない。最近は、航空無線で機上の操縦士と地上管制官とのやり取りを聞きながら、臨場感を楽しんでいる。

花ショウブ数株@烏ヶ森公園

テレビのニュースで東京堀切菖蒲園の花ショウブが見頃だという。さて烏ヶ森公園はどうだろうかと出かけてみた。
 例年、6月になっても紫、黄色のアヤメ、菖蒲の群生が楽しめたはずだが、今年は咲き終わり、白と薄紫の菖蒲が数株づつ残っているだけである。鮮やかな画像が撮れたのでアップします。
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竹内宏さんを悼む

   旧長銀調査部長として役員まで、エコノミストとして、ベストセラー「路地裏の経済学」を始めとして多くの経済解説書を書かれた。また当時、シニアスキー愛好者としてテレビでも、ブームの社会的背景を解説して人気のあった竹内宏さんが4月20日逝去された。(85歳)

個人的にその著書の大ファンで、テレビで見る親しみやすい姿を見るのが好きだった。その後、縁があってその銀行に中途採用の話があった時は、あのような方が自由闊達に活躍されている組織ならと喜んで応募した。
   幸い採用されて転職した。時折、行内でお見かけしたり、講演を聞く機会があったが親しくお話することは無かった。

   しばらく後に札幌支店に勤務した折には、銀行取引先対象の講演会に毎年正月後定期的においでになった。講演会の打ち上げに幹部職員と一緒に会食するのが常であった。その折、支店長が「彼は中途入行で、栃木県の出身です。」と紹介してくれた。にこやかな顔で「そうか、実は(昨年甲子園優勝した学園の)大学から、学長にと何度かありがたいお誘いをいただいたが、俺は、なんせ清水次郎長と同郷で恩義があるから、静岡県公立大学の理事長を引き受けたんだよ。」と受けていただいた思い出がある。

   今も本棚には竹内さんの著書が並ぶ。ご冥福をお祈りします

 

鴨汁そばもどき

近くの農村レストランでは、合鴨のつけ汁そばが好評である。併設する産直所の会員が、低農薬の稲作栽培の一環として「合鴨」を飼育している。秋に役目を終えた鴨を有効活用することで、濃厚な肉汁の、鴨汁をメニューとしている。
同じ味を再現したいと思い、近くの大型スーパーを物色したら、季節によっては国内産の「合鴨肉」、またタイ国原産の冷凍輸入肉がある。いくつか、試してみた。結局、鶏肉特有の「出汁」が決め手だと思いついて、何時でも手頃に手に入る鶏肉で、試作してみた。
 小生流に、ほぼこれでも良いかなと思うので、ここでご紹介したい。
1.鶏肉は もも肉を、食べやすい大きさに切る。少し、包丁の裏などを使ってたたいておくと柔らかくなるようだ。
2.ネギは白い部分を3~4cmの長さに切る。
3. 上の1をフライバンで、少量のサラダオイルでいためる。もも肉の皮部分の脂身を下にして、油を出す。この時、火加減を調節して、外側は少しこげる程度、中は弱火で。
鶏汁01
4.ネギは、鶏もも肉をフライパンから取り出し、フライパンに残る油で少し焦げ目が付く程度にゆっくり炒める。
鶏汁02
5.取り置いた、鶏肉をフライパンに戻す。市販の麺つゆを入れ、水と和風だし、中華だし(鶏がらスープだしの素)、日本酒、みりんなどで味を調整する。
鶏汁03

鶏汁04我が小さな孫たちには、この汁が好評である。普通の盛りそば、ざるそばの冷たいつけ汁に比べると食べ易いようだ。尚、ソバは近くの道の駅、産直所にある生そばを茹でているが、干そばでもほとんど変わらない。

徹底したパクリ商品にビックリ(笑)

しばらく前の、テレビの「ガイアの夜明け」で取り上げられた商品。SANYO(三洋電機)から中国のハイアールに移籍した日本人技術者が開発した ユニークな ハンディ洗濯機「COTON」 第28回「小学館DIMEトレンド大賞」【家電・IT部門】』を受賞。
番組を見ていて、面白そうな商品だなと頭の隅には残っていた。
 さて、先日、生半可な料理を、エプロン無しでやっていて、不覚にも油がはねてチノパンにシミが出来てしまった。
昨日、新聞に、近くのショッピングセンターで日数限定で開催される「問屋処分セール」の折込チラシ。何気なく眺めていると電動ドリルやら、リモコンヘリ、ジャージの格安品など雑多なリストの中に、「ポータブル洗濯機シミトル」がある。
テレビの記憶と洗濯物の染み抜きを念頭に、安価なので、中身を良く確かめないで、買ってきた。どうせ、似て非なる物、満足にも動かないことも覚悟して。しかし、梱包を開いて、上の COTON のサイトと比較してびっくり。
シミトリ

本体の筒状の部分の外装が簡素化されているのを除き、素人目に見ると、似て非なるどころか全く同じ製品である。個々のパーツの形状、構成が同じ。複雑な電池ホルダーが全く同じ形であることから、恐らく同じ金型で製造されたものと類推される。最近衝動買いするネット通販の面白商品。安いから注文して、届いても、取扱説明書が、中国語と英語のみ、しかも舌足らず。また初期不良が多くて満足に動かない。購入店に照会不可能なのを覚悟で購入しているので、駄目でも諦めていることが多い。
  しかし、今回のシミトリ商品は、岐阜県のメーカーがMade in China  と明記して、取説が日本語でしっかりと詳細に書かれている。
これで、 ハイアール子会社の アクア のネット通販サイトで1万円以上の製品、地方のバッタ屋の製品が1300円。恐らく中国ではパテントなどが考慮されていないから、このようなことになると推測しるが。。。
 製品の効果は、シミが付いてから時間が経ったこともあり、シミ抜きは完璧にいかなかったが、製品動作には満足。
ブログで初めて、商品の感想を書いたが、類似では無く、実質的に同じ製品が出回る。中国のパテント権利はこのように甘いのかとビックリした次第。
 
 

街なかの快適

 陽気が良くなり、郊外の山野には桜、コブシ、カタクリなどの花々が咲き誇っている。
 そんな中、JRの駅に用があったので、ついでに街なかを散策してみた。 少しづつ、ハードの整備が進んで、街中整備も、あと1割を残す進捗である。整備された街なかをゆっくり眺めながら、歩いて見る。
 ここで生まれて、育った一人として、記憶に残る昔の情景と比較しながら思いをめぐらせる。幼い頃の駅前通りの雑然とした中でもあった賑やかさはないが、現在、整然とした通り、快適な往来が実現している。

 振り返って、故郷を離れ長く生活した首都圏からほぼ30年ぶりにUターンした。地元の商工団体に転職した時、その頃の国の重要施策として「中心市街地活性化法」が推進されていた。
 当時のカウンターパートの町役場職員から、「まちづくり」を検討して貰えないかとの相談があった。考えてみると、なにせ生まれ故郷で、今や実家の敷地に自宅を新築し、家族を連れて戻った地域の活性化である。是として早速行動を起こした。
 しかし、こういう事業を効率的に進めるノウハウがない。そこで国の施策に通じたコンサルタントの力を借りることにした。ネットでこの分野に専門性をもつと思われるコンサルタント事務所に公募案内を出し、プレゼンテーション・コンペで依頼先のコンサルタントを決定した。

 その後、コンサルタントの指導に従い、町民から検討委員会のメンバーを集め、ワークショップという形で意見を集約し、レポートを作成。そのタイトルにいわく「歩いて楽しい にしなすの」
 それから、10年以上、時間も立ったが、少しづつであるが、今日の姿にたどりついた。
図1

 ワークショップの結論を集約すると、「2核1軸」のコンセプトで、JR駅周辺と、街なかのショッピングセンター跡地、2ヶ所を再開発する。その間の道路を整備する(一つの軸)というものであった。結果的には、JR駅周辺は関係者を含めた再開発合意に至らず。駅前ターミナルの整備にとどまった。ショッピングセンター跡地は複合型商業施設として整備され、規模は小さいながらも、24時間営業の総合スーパー、また50mのレーンのプールを含む大規模なスポーツジムジムが設置された。
関連する道路の整備も、当初の道路だけでなく、少し離れて平行する道路が、バリアフリー計画として電信柱が撤去され、インターロッキングの歩道と、きれいで通行し易い道路として整備された。更に、全体計画遂行上の波及効果として、直交する道路が当初計画から延伸し、利用者が増大する効率的なネットワーク道路となった。

 現在、元の職場を定年後、一般の住民として生活する身であるが、これらの整備の結果を自ら享受して、お手伝いして良かったと思う。仄聞すると、再開発の商業施設はほぼテナントが埋まり、人、車の出入りも多い。何より、徒歩、自転車でスーパーに買い物に来るお年寄りの姿が目立つ。スポーツクラブには、プール、フィットネスジムで健康維持を目指すシニア、放課後にはスイミングに通う子ども達であふれる。商業施設の知り合いの管理人が「文字通りの市街地活性化ですよ。」と微笑む。

 
 

北海道新幹線開業

 明日は、いよいよ新幹線が、北海道まで”届く”。

 学生時代6年間は、鉄道-青函連絡船-鉄道 でつないで、本州から北海道までを往復をしたことを考えると、感慨深い。

その後、青函トンネルが開通し、実家近くの東北本線の駅を「札幌⇔上野」行き先票をつけたブルートレイン「北斗星」が走り始めた。かつて、実家から大学の下宿先まで苦労して乗り継いでいたのに、今度はゆっくり寛いで寝ていれば到着するのかと、一度、札幌行に片道だけ乗車して、その快適さに感激した記憶がある。

 今回、東京から新幹線で4時間余りで新函館北斗駅に到着する。しかし、正直言って、函館は北海道の南の端である。その後に、北海道内の移動に、鉄道またはバスを使うにしても時間がかかる。もの珍しいうちはいいが、落ち着いたらどうなるのだろう。

 昨年の北陸新幹線の開通のように、東京駅から2時間半ほどで到達する金沢から、周辺の観光地まで波及効果が見込めるというわけにはいかないだろう。

 函館周辺の函館山、五稜郭、松前などの観光に特化するならいいが、万人受けする利用には無理があろう。北海道観光周遊の中心「札幌」まではJR在来線を使って、「函館」から3時間半ほど。

 かつて金融機関の札幌支店に勤務し、北海道内に拠点をもつ地元信用金庫に営業に回っていた頃、原則、札幌からの日帰り出張だったので、札幌中心部から地下鉄で行ける「丘珠空港」から今はない 航空機 YS11 を使って移動した。札幌-函館間についてJRを使ったこともあるが、時間がもったいない感覚であった。

 九州新幹線は、「ななつぼし」の導入などアイデアを凝らして、活性化したらしいが、広大な原野が広がる北海道での「新幹線戦略」詰める課題は多いような気がする。

 
 

ビッグコミックとビッグコミックオリジナル

ビッグコミックは50年近く前、我が高校2年生の時に創刊された。最初は、月刊誌でボリュームは現在より薄かったが、ムセン綴じであり、背表紙があった。 現在も連載が続く さいとう・たかお の「ゴルゴ13」をはじめ、手塚治虫石ノ森章太郎白土三平水木しげるなどの当時の人気作家が競って掲載した。その当時の少年対象のコミック誌(漫画雑誌と云われていた)から少し大人の世界を覗きたくて、定期購読をした。その後、6年ほど後に、派生誌「ビッグコミックオリジナル」が創刊された。この頃両誌とも月2回の発行となった。

学生時代には、乏しい仕送りで購読は出来ず、昼、夕食に立ち寄る近くの大衆食堂で注文が来るまで、棚から古い雑誌を出して読んでいた。

スピリッツ、スピリオールなどの兄弟誌も創刊されたようだが、これらは今も手にとることがない。

本格的な購読再開は、バブル直後、残業の連続で帰宅が遅かった頃。帰りの電車に乗る直前に、KIOSKでこの2誌を月4回買って、読んで楽しみながら帰宅した。余談になるがこの頃、「モーニング」も追加で読んでいた。島耕作がまだ「課長」の時代である。

現在、定年退職し、一日の大部分、自宅でボランティアの仕事をパソコンの前でやっている。外に出るといえば、近くにあるスポーツクラブへ風呂に通うくらいである。 それ故、この2つの雑誌を近くのコンビニから、買ってきて読むのを何よりの楽しみとしている。

連載が終了しても、その後、映画化されるなど評判の名作も多いが、現時点で云えば、定番となっている「ゴルゴ13」、「釣りバカ日誌」、「山口六平太」、「浮浪雲」、などに加えて、近年は、日中間の南の海域での衝突を問題提起している「空母いぶき」、フランスのような公共施設でのテロ問題が日本でも起きたことを描き、先般映画化された「S]。他に、初めは違和感を感じていた「サラリーマン拝!」、「新黒沢」、「あかぼし俳句帖」などは読み込んでみると奥行きが深い。落語のテーマにした「どうらく息子」、鉄道オタクの「テツぼん」よく書き込まれている。ジャズにかける「BLUE GIANT」は秀逸である。 最近、文芸誌の小説の活字を眼で追うのが苦痛になった。 コミックであるなら、才能のある、(原作者)、作画家の作品が一覧できる。月に4冊、合計で1000円台でこれだけ内容を、楽しめる。エンタメ、時事、哲学的話題。ネットでニュースを閲覧しながら、並行してコミック誌を読んでいるが、識者の解説と方向が変わらない。しかも、昨今の社会問題に容易に理解につながる。有難いことである。

「読み応えがある!」この一言に尽きる。



ビックオリジナル